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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)143号 判決

原告 樋口文治

被告 葛飾税務署長

代理人 中島尚志 外四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  本件処分の経緯等

請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件処分の違法事由の存否

1  目的の違法性(結社権の侵害)の有無

(証拠省略)並びに弁論の全趣旨を総合すると(一部争いのない事実を含む。)、葛飾税務署と葛飾民主商工会との関係は、従来は比較的平穏であつたが、昭和三八年九月に被告は税務調査に関して申し入れをしに来た葛飾民商の会員との面会を拒んだこと、被告は単独で又は東京国税局長と連名で同年一〇月から翌三九年二月ころにかけて、葛飾民商会員に対し、同会員等による税務調査の妨害の事実を指摘し、被告の調査の方針を明らかにして、今後の調査に協力することなどを要請する文書又は調査拒否の場合の措置について警告する文書を再三送付し、また、そのころ同会会長に対しても、文書で調査妨害の中止を要請するとともに今後の行為に対する措置について警告したこと、昭和三八年八月ころ当時の国税庁長官が首相や蔵相等に民主商工会が反税活動を行つている旨報告したほか、同会に対しかかる行為について警告したこと、被告は同年ころから事前通知をしない調査や従前より詳細な調査を行うようになり、原告に対しても後記2認定のような臨店調査を行つたこと、被告の調査担当職員は右調査当時原告が葛飾民商の会員であることを知つていたことを認めことができる。しかし、以上の各事実を総合勘案しても、これをもつて、被告が民主商工会の組織を破壊ないしは弱体化するために原告に対する調査を行い、これに基づいて本件処分を行つたものと推認することは、とうていできない。また、前掲(証拠省略)中には、国税庁長官が、昭和三八年新潟で、民商を三年でつぶすと発言したという新聞記事をみたとか、税務当局が民主商工会に対し種々の警告文等を発したのは同会会員を脱会させるためと思うという趣旨の全国商工団体連合会(民主商工会の全国組織)の役員の供述部分があり、更に、(証拠省略)は、被告の調査カード中民商会員の分には特に記号が付されているとか、税務署には民商会員を専門に担当する特団係が設置されているとか供述しているが、以上は、いずれも単なる憶測又は伝聞に属し、にわかに採用できず、他に、原告のこの点に関する主張事実を認めるに足りる証拠はない。

かえつて、(証拠省略)によると、被告が原告の昭和三九年分の所得税の調査をするに至つた理由は、原告が昭和三七年及び同三九年に不動産を購入した事実があるのに、その申告所得額が一般の同業者の申告所得額に比して低額であつたことにあり、また、被告が原告の昭和四〇年分の所得税の調査をしたのも、昭和三九年中に豆腐類の価格が値上げされたのに、原告の申告にかかる昭和四〇年分の所得率が同三九年分のそれと同率であつたうえ、その申告所得額が同業者のそれに比べ、かつ、原告の家族構成に照らして過少と認められたためであつて、被告はかかる調査に基づいて本件処分をしたことが認められ、そして、原告の右両年分の申告所得額が実際に過少であつたことは、後記認定のとおりであるから、被告が民主商工会の破壊を目的として本件処分をしたということはできない。

2  推計課税の必要性の存否

(一)  昭和三九年分の所得税について

(証拠省略)を総合すると(一部争いのない事実を含む。)、被告の職員は、原告の昭和三九年分の所得税の調査のために、昭和四〇年九月一〇日、一四日、一五日、二七日及び同年一〇月一四日の五回にわたり、原告の店舗に臨店し、原告に対し再三帳簿書類及び原始記録の提示を求めたが、原告はそのようなものはないといつて提示しなかつたこと、原告は、その際、大豆の仕入先、仕入量、商品の価格、確定申告書における原告の所得の計算方法の概略等については一応説明したものの、その計算の根拠を明らかにせず、また、原告が昭和三七年及び同三九年に購入した不動産の資金源についても、以前建設業を営んでいたときに残した手持の現金で買つたというだけで、なんらそれを裏づける資料を提示しなかつこと、また、原告は第三回目の調査の際には、民主商工会の事務局員雨宮を呼んで調査に立ち会わせたが、同人は、原告に対し、被告の職員の質問に答える前に、まず質問検査権について説明を求めるように指示したり、同職員の質問に対し傍から口を出して原告が答えないようにし向けたり、同職員の措置が不法行為であるかのように非難したりして調査を妨害したこと、更に、第五回目の調査のときには、被告の職員が原告方の店頭でその商品の製造数量等を目測しようとすると、原告は大声で「出て行け。」といつて、同職員を店舗の外へ押し出したうえ、豆腐の水槽にふたをしたり、油揚げに新聞紙をかぶせたりして調査を妨害したので、調査を打ち切らざるを得なかつたこと、原告は、その後本件(一)処分についての不服申立ての審理の過程においても、帳簿書類、原始記録の提示をしなかつたことが認められ、(証拠省略)のうち、右認定に符合しない部分は、前掲各証拠に対比して採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  昭和四〇年分の所得税について

被告の職員が原告の昭和四〇年分の所得税の調査を行うため、昭和四一年一〇月、原告方に臨店し、原告に対し帳簿書類及び原始記録の提示を求めたところ、原告はそういうものは何もないと答え、申告にかかる所得金額については仕入れから計算したのであつて、仕入先は被告が前年に調査ずみのはずであり、また、申告書の内容について、不審な点を指摘されれば答える旨述べ、更に、当日は忙しいので、次の調査のときは必ず予告するよう同職員に要請したことは、いずれも当事者間に争いがない。また、(証拠省略)並びに弁論の全趣旨によると、被告の職員は、右調査(昭和四一年一〇月二四日に行われた)の際に原告に対し、確定申告書記載の収入金額及び必要経費の算出方法並びに所得率が前年と同じく四〇パーセントであることの根拠の説明を求めたが、原告はこれらについて答えようとしなかつたこと、原告はその後本件(二)処分に関する不服申立ての審理の過程においても、帳簿書類や原始記録を提示しなかつたことが認められ、原告本人尋問の結果のうち右認定に沿わない部分は前掲各証拠に対比して採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠もない。

(三)  以上認定の各事実からすると、原告の昭和三九年分及び同四〇年分の所得金額の算定については、収支実額の計算に必要な帳簿書類及び原始記録が何もなく、その他の資料も原告の単なる口頭の概略説明のみで裏づけを欠くうえ、被告の職員の行う調査について原告の協力も得られないため、その所得金額の実額を把握することが不可能な状況にあつたことは明らかである。したがつて、被告が原告の前記年分の所得金額を推計により認定したことになんら違法はないものというべきである。

なお、原告は、税務調査においては、納税者に予め通知し、かつ、調査理由、調査事項等を明示すべきであるのに、被告はこれをしなかつたから、仮に原告が調査に協力しなかつたとしてもそれは推計課税によることを適法ならしめるものではない旨主張するが、調査理由ないし調査事項の開示や調査実施の事前通知の有無は、税務職員の合理的裁量に委ねられ、かかる手続の履践が質問検査権行使の要件とされているわけではないから、原告の右主張は失当である。

よつて、本件処分は推計の必要性を欠くのにこれによつた違法があるとの原告の主張は、採用するに由ない。

3  推計の合理性の存否

(一)  昭和三九年分の所得税について

(1) 売上金額

(ア) 原料の仕入数量

(証拠省略)によると、被告の職員が、原告の営業の主要な原料たる大豆の仕入数量について、その仕入先の東京都豆腐商工組合(後に東京都豆腐油揚商工協同組合と改称。後掲(証拠省略))の葛飾支部において調査したところ、昭和三九年分についての資料はなく、同四〇年六月から一〇月までの五か月分の仕入数量が三七俵(一俵は四斗二升入り)であることが判明したこと、また、被告の職員が東京都水道局及び東京電力株式会社において原告の事業を営む上で必要な水及び電気の昭和三九年分及び同四〇年分の使用量を調査した結果、いずれも昭和三九年分の方が同四〇年分より多いことが判明したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原告は、水や電気の使用量は豆腐の製造量(ひいては大豆の使用量)には比例しないから、昭和三九年分、同四〇年分の水、電気の使用量の比較により昭和三九年分の豆腐の製造量を推計するのは不合理であると主張する。なるほど、(証拠省略)によると、豆腐製造業の場合には、その使用する冷却機の種類(水冷式か空冷式か)、天候や気温等によつて水や電気の使用量が異なるのであつて、これと豆腐の製造量とは必ずしも正比例しないことが窺われるが、(証拠省略)によつても、製造設備に変動がない限り、年間の豆腐の製造量が増加すれば、水・電気の使用量も増加し、前者が減少すれば後者も減少するという関係にあることが認められ、右認定に反する証拠はない。してみると、昭和三九年分の水及び電気の使用量が同四〇年分のそれより多いことを根拠にして、昭和三九年分の豆腐の製造量(ひいては大豆の使用量)は同四〇年分のそれを下回ることはないとする被告の推定は、右両年の間で原告の製造設備に変動があつたことが認められない本件においては、合理性を欠くものということはできず、この点に関する原告の主張は理由がない。

そこで、前記認定になる原告昭和四〇年六月から一〇月までの前記組合からの大豆仕入数量三七俵から別紙計算式(二)の1のとおり年間数量に換算した八八・八〇俵(三二七・九六斗)を昭和三九年分の大豆の消費量と推定することができる。

もつとも、(証拠省略)によると、原告は、前記組合から代金は翌月払いで大豆を仕入れ、昭和三九年中に、二月一七日六俵分、三月二四日五俵分、四月一二日五俵分、五月一一日五俵分、六月一四日七俵分、七月一五日三俵分、八月二二日五俵分、九月二三日七俵分、一一月二日一一俵分、一二月六日一二俵分昭和四〇年二月一二日五俵分の各大豆仕入代金の支払いをしたほか、同年八月に有限会社山新商店から大豆三俵を仕入れたことが窺われるが、右の仕入数量が同年における仕入数量の総てであることについて、これに副う(証拠省略)は、前記認定の昭和四〇年六月から一〇月までの仕入数量が三七俵であつたことと対比してたやすく措信しがたく、他にこの点を認めるに足る証拠はないから、これらをもつて前記認定を覆すことはできない。

(イ) 大豆一斗当たりの売上金額

(証拠省略)によると(一部争いのない事実を含む。)、本件係争年の当時、原告の営業においては、豆腐及び油揚げの製造に用いる一釜当たり大豆の使用量は、豆腐用一釜六・五升に対し油揚げ用一釜三升の割合であつたこと、一釜の大豆から製造される豆腐の平均数量及び単価(単価は当事者間に争いがない。後記の油揚げについても同じ。)は、昭和三九年一月から八月までは、一二〇丁(単価二〇円)、同年九月から一二月までは、単価値上げの際に一個当たりの容量を大きくしたので、一一〇丁(単価二五円)であり、また、一釜の大豆から製造される油揚げの平均数量及び単価は、同年一月から八月までは一八〇枚(単価六円)、同年九月から一二月までは、単価値上げに伴い一個当たりの容量を大きくしたので、一五〇枚(単価八円)であつたことが認められ、右認定に反する(証拠省略)は、前掲各証拠に対比して採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

もつとも、原告は、一定量の大豆から製造される豆腐や油揚げの数量は、切り方の大小、豆腐の種類等によつて異なり、また、製品中にはこわれたり腐敗したりするものや客に対するおまけも各全体の五パーセント程度ある旨主張し、(証拠省略)は右主張に符合するが、製造される商品の数量に若干の幅がある場合、推計においては平均値によるのが合理的であるから、前記の平均数量は推計の基礎として合理性に欠けるところはない。また、腐敗分やサービス分などの数量については、適確な証拠がないうえ、仮に、これらが原告主張の数量程度あつたとしても、後記(2)のとおり、これを斟酌しても原告の総所得金額が本件(一)処分を下回ることはないから、被告の推計がこの点を斟酌しないとしても同処分を違法ならしめることにはならない。

そこで、豆腐一釜六・五升、油揚げ一釜三升の割合でそれぞれ大豆一斗から製造される商品の販売による売上金額を算定すると、別紙計算式(三)の1のとおり、昭和三九年一月から八月までの分については、豆腐三六九二円、油揚げ三六〇〇円、同年九月から一二月までの分については、豆腐四二三〇円、油揚げ四〇〇〇円となる。

(ウ) 豆腐及び油揚げの年間売上金額

ところで、(証拠省略)によれば、「全国豆腐油揚商工組合連合会」の資料に基づくわが国の豆腐業界の豆腐及び油揚げ類の原料大豆の年間推定処理量は、次のとおりであり、豆腐及び油揚げ類の製造に使用された大豆の数量の割合は、概ね豆腐六対油揚げ類四であることが認められる。

年度

豆腐(比率%)

油揚げ(比率%)

昭和四〇年

二一一(六〇・一一)

一四〇(三九・八九)

三五一

四一年

二一二(五九・八九)

一四二(四〇・一一)

三五四

四二年

二二三(五九・九五)

一四九(四〇・〇五)

三七二

四三年

二三二(五九・九五)

一五五(四〇・〇五)

三八七

四四年

二四〇(六〇・〇〇)

一六〇(四〇・〇〇)

四〇〇

四五年

二四八(六〇・〇四)

一六五(三九・九六)

四一三

四六年

二五六(六〇・〇九)

一七〇(三九・九一)

四二六

(単位 一〇〇〇トン)

そこで、原告が豆腐六対油揚げ四の割合で大豆を使用して商品を製造したものとして(原告が豆腐の製造小売業者として、格別同業者と異なつた商品の製造販売を行つていたと認めるに足りる証拠はないから、右のような業界全体の統計を用いることは十分合理性があるというべきである。なお、前記認定のとおり、大豆一斗当たりの売上金額は豆腐の方が高いから、油揚げの比率が大きいほど、売上金額の計算上原告に有利となる。)、前記(ア)の原告の年間大豆仕入数量と前記(イ)の各大豆一斗から製造された商品の販売による売上金額に基づいて、豆腐及び油揚げの売上金額を算出すると、昭和三九年一月から八月までは別紙計算式(三)の2の(1)のとおり九〇万八八二八円、同年九月から一二月までは同計算式(三)の2の(2)のとおり五一万四四三六円、合計一四二万三二六四円となる。

(エ) 豆腐・油揚げ以外の商品の売上金額

豆腐及び油揚げ以外の商品の年間売上金額が九万六〇〇〇円であつたことは、当事者間に争いがない。

(オ) 総売上金額

以上の(ウ)及び(エ)の売上金額を合計すると、一五一万九二六四円となる。

(2) 所得金額

(ア) (証拠省略)並びに弁論の全趣旨を総合すると、東京国税局長は、昭和四三年一二月一四日付で被告に対し、「豆腐製造小売業者(青色申告者)の所得税の申告状況の報告について」と題する通達を発して、葛飾区内に事業所を有する青色申告者で豆腐の製造小売を業とし、これに付随して油揚げ、納豆、こんにやく等の食料品を販売している個人事業者(ただし、昭和三九年分の事業所得に対する課税事績があり、かつ、暦年事業を継続している者に限り、かつ、年の中途において転業した者及び不服申立て又は提訴をして現在審理中の者など特殊事情を有する者を除く。)全員の昭和三九年分の売上金額、売上原価、差益金額、差引所得金額、所得率等について、一定の様式(表)による「豆腐製造小売業者(青色申告者)の所得税の申告状況報告書」を作成し、当該納税者の提出した青色申告決算書を添付のうえ報告するよう求めたこと、これに対し、被告は、調査の結果、昭和四四年一月二〇日付で、右通達記載の条件に該当する豆腐製造小売業者全員(一二名)について、調査結果を通達の指示する様式の表に各記載のうえ、各納税者の青色申告決算書を添付して東京国税局長に対し報告したこと、右報告によると、右豆腐製造小売業者全員の平均所得率が五二・四一パーセントであることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、右の認定事実によると、被告が本件において主張する同業者の平均所得率は、被告管内の原告の同業者たる前記のような豆腐製造小売業者のうち特殊事情のある者を除いた青色申告者全員の売上金額及び差引所得金額に基づいて算出されているのであるから、原告と右同業者との業種の同一性が明らかであり、(原告が豆腐・油揚げのほか、こんにやく及び納豆も販売していることは、原告本人の供述により明らかである。)かつ、その抽出について恣意の介在する余地がなく、また、売上金額等の記載は被告保管の青色申告決算書に基づいているのであるから、前記同業者の実在性、資料の正確性が担保されているということができる。更に、右の同業者の抽出数が資料に客観性を与えるに足るものであることも肯認しうる。したがつて、このような同業者の平均所得率による原告の所得の推計は合理的なものというべきである。

そこで、前記(1)の原告の昭和三九年分の売上金額一五一万九二六四円に右の同業者の平均所得率五二・四一パーセントを乗じて原告の同年分の総所得金額を求めると、七九万六二四六円(円未満切捨て)となる(仮に、原告の商品の腐敗分等及びサービス分が、原告の主張のとおり、合わせて売上金額の一〇パーセントあつたとしても、原告の総所得金額は七一万六六二一円となる。)。したがつて、いずれにせよ、右金額の範囲内でされた本件(一)処分には、所得の過大認定の違法はないことが明らかである。

(イ) ところで、原告は、その住所、氏名を開示しない同業者に関する資料による推計は合理性がない旨主張する。しかし、確定申告により被告が知り得た同業者の売上金額、原価、経費、差引所得金額等、その者の経営の実態に関する諸事項は、被告が職務上知り得た当該同業者の営業上の秘密に属する事項であり、被告がこれを、その者の住所・氏名とともに開示することは、所得税法二四三条によつて禁止されているところといわねばならない。そして、他にかかる秘密を保持しつつ同業者率等を立証すべきより適切な資料もないのであるから、このような資料に依拠することもやむを得ないのであり、他方、同業者の住所・氏名等を開示しないでも、既に本件について前記(ア)でみたように、同業者の抽出方法の無作為性及びその資料の正確性等を明らかにすることにより、かかる資料による推計の合理性を担保することも不可能ではないから、一概に、住所・氏名を開示しない同業者に関する資料であるからといつて、これによる推計を不合理なものと断ずることは相当でない。

また、原告は、同業者の平均所得率による推計の合理性の前提として、当該納税者と同業者との従業員数、店舗面積、立地条件等営業上の諸要素の近似性がなければならない旨主張する。しかし、納税者の所得金額の実額が把握できない場合に、同業者の平均所得率によつてこれを推計するのは合理的な方法であるところ、このように平均率による推計の場合には、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は無視し得るのであるから、課税庁においてかかる推計による所得の認定を行い、かつ、その方法が、業種の同一性、営業規模の一応の類似性(もつとも(証拠省略)によると、本件同業者間には、営業規模の大小と所得率との間には、格別関連性がないことが明らかである。)及び平均値算出過程の整合性等、推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、納税者の個別的営業条件のいかんは、それが当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないものと解すべきである。そして、本件において原告がその営業条件が劣悪であるとして指摘する営業上の諸要素(従業員数、立地条件、機械の種類、店舗の規模、経験年数)が、被告の主張する同業者の平均所得率による推計方法を不合理ならしめる程顕著なものであることについては、これを認めるに足りる証拠はないから、原告の主張は、失当というほかはない。

更に、原告は、住所・氏名の開示されない同業者に関する資料による推計課税は、国民の財産権を恣意的に侵害し、公平な裁判所の裁判を受ける国民の権利を奪い、また、クリーンハンドの原則にも反する旨主張する。

しかし、前記のように、住所・氏名の開示されない同業者に関する資料であるからといつて、これを用いる推計が合理性を欠くわけではないから、その推計に基づく課税が国民の財産権を不当に侵害することにならないのはいうまでもない。

また、住所・氏名の明らかでない同業者に関する資料が、訴訟上証拠として提出された場合、相手方は、当該資料のもつ証拠価値を審査し反証を提出する手段に制約を受けることは否定できないところであるが、このような事態は、本件のように、提出者に守秘義務が課されているためにある事項の開示が禁止されている場合のほか、提出者にも当該事項が不明のため開示し得ない場合(氏名不詳者からの伝聞による立証あるいは作成者不明の文書による立証のごとき)にも起こり得ることであつて、かかる証拠の提出も民事訴訟法上許されないものではなく、ただ、反証提出手段に制約があることから、おのずから証明力が減殺されることとなるに過ぎない。そして、かかる証拠により所得金額の立証が行われるとき、相手方当事者たる納税者は、これに対する反証の手段を全く奪われるわけではなく、当該資料の作成者の尋問等により、作成の手続の当否あるいは開示されている事項の正確性、立証趣旨との適合性等につき追及することは勿論、納税者において通常は保持している帳簿書類又は原始記録の提出若しくはこれに代えて蒐集する資料の提出等により反証を行うことは可能であり、かかる反証の提出により、前記のとおりもともと証明力の減殺されている課税庁側の当該資料による立証に対抗することは、必ずしも困難ではないから、訴訟の追行上、相手方に著しい不利益を与える結果が生ずるわけでもない。また、かかる資料による立証は、被告に法律上課された守秘義務の結果であること前記のとおりであるから、被告の立証態度に信義則に反するものがあるといえないことも明らかである。

したがつて、住所・氏名を開示しない同業者に関する資料を所得金額の推計の用に供しても、原告主張のごとき違憲・違法をきたすものということはできず、原告のこの点に関する主張も、すべて理由がないものといわなければならない。

(二)  昭和四〇年分の所得税について

(1) 売上金額

(ア) 原料の仕入数量

原告の昭和四〇年六月から同年一〇月までの前記組合からの大豆の仕入数量が三七俵であつたことは、前記(一)の(1)の(ア)のとおりであるから、右の仕入数量から別紙計算式(二)の1のとおり同年の年間仕入数量を推計すると八八・八〇俵となる。

(イ) 大豆一斗当たりの売上金額

(証拠省略)によると、昭和四〇年当時一釜六・五升の大豆から製造される豆腐の数量及び単価(単価は当事者間に争いがない。油揚げについても同じ。)は、一一〇丁(単価二五円)であり、一釜三升の大豆から製造される油揚げの数量及び単価は、一五〇枚(単価八円)であつたことが認められる。

そこで各大豆一斗から製造される豆腐及び油揚げの販売による売上金額を算定すると、別紙計算式(三)の1の(2)と同じく、豆腐について四二三〇円、油揚げについて四〇〇〇円となる。

(ウ) 豆腐及び油揚げの年間売上金額

前記(一)の(1)の(ウ)と同じ理由により、原告が豆腐六対油揚げ四の割合で大豆を使用して商品を製造したものとして、前記(ア)の年間大豆総仕入数量八八・八〇俵(三七二・九六斗)と、前記(イ)の各大豆一斗から製造された商品の販売による売上金額に基づいて、豆腐及び油揚げの年間売上金額を算出すると、別紙計算式(三)の3のとおり合計一五四万三三〇八円となる。

(エ) 豆腐・油揚げ以外の商品の売上金額

原告の昭和四〇年分の豆腐及び油揚げ以外の商品の売上金額が九万六〇〇〇円であつたことは、当事者間に争いがない。

(オ) 総売上金額

以上の(ウ)及び(エ)の売上金額を合計すると、一六三万九三〇八円となる。

(2) 所得金額

(ア) (証拠省略)の全趣旨を総合すると、東京国税局長は、前示(一)の(2)の(ア)記載の通達と同一の通達によつて、被告に対し、同通達記載の前記(一)の(2)の(ア)の条件(ただし、昭和三九年分とあるのを同四〇年分と読み替える。)に適合する豆腐製造小売業者全員の昭和四〇年分の売上金額、売上原価、差益金額、差引所得金額、所得率等について一定の様式(表)による「豆腐製造小売業者(青色申告者)の所得税の申告状況報告書」を作成し、当該納税者の提出した青色申告決算書を添付のうえ報告するよう求めたこと、これに対し、被告は、調査の結果、昭和四四年一月二〇日付で右通達記載の条件に該当する豆腐製造小売業者全員(一七名)について、調査結果を通達の指示する様式の表に各記載のうえ、各納税者の青色申告決算書を添付して東京国税局長に対し報告したこと、右豆腐製造小売業者全員の平均所得率が五三・四六パーセントであることが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。そして、右事実によれば、被告が本件において主張する同業者の平均所得率について、同業者の業種の同一性、実在性、その抽出の無作為性及び資料の正確性が認められることは前記(一)の(2)の(ア)のとおりであるから、このような同業者の平均所得率による原告の所得の推計は合理的なものというべきである。

そこで、前記(1)の原告の昭和四〇年分の売上金額一六三万九三〇八円に右の同業者の平均所得率五三・四六パーセントを乗じて原告の同年分の総所得金額を求めると、八七万六四七四円(円未満切捨て)となる(仮に、原告の商品の腐敗分等及びサービス分が、原告主張のとおり、合わせて売上金額の一〇パーセントあつたとしても、原告の総所得金額は七八万八七三六円となる。)。したがつて、いずれにせよ、右金額の範囲内でされた本件(二)処分には、所得の過大認定の違法はないことが明らかである。

(イ) なお、住所・氏名を開示しない同業者に関する資料による推計課税が違法である旨の原告の各主張がいずれも理由がないことは、前記(一)の(2)の(イ)において既に述べたとおりである。

三  結論

以上判示の理由により、被告が行つた本件(一)、(二)処分には、原告主張のような違法がないことが明らかである。

よつて、原告の本訴請求は理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 加藤和夫 石川善則)

(別表)

本件処分の経緯

昭和三九年分所得税

昭和四〇年分所得税

確定申告

更正及び決定

確定申告

更正及び決定

年月日

昭和四〇・三・一五

昭和四一・一・二一

昭和四一・三・一四

昭和四一・一二・二

総所得金額

三五万八四〇〇円

六八万四〇〇〇円

三六万四八八〇円

七三万九〇〇〇円

税額

〇円

三万〇三〇〇円

〇円

三万〇七五〇円

過少申告加算税

〇円

一五〇〇円

〇円

一五〇〇円

別紙(省略)

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